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神への真実な心は謙遜によって守られます View video

Summary
きょうのみことばの要約

ウジヤは、強くなると心が高ぶり、主に対して不信の罪を犯します。神殿に入り、預言者アザルヤの警告を無視して、祭司たちにだけ許されている香をたこうとします。ウジヤが祭司たちに対して怒りをいだいたとき、主が彼を打たれたので、彼はツァラアトに冒され、死ぬ日までいやされず、隔ての家に住みます


歴代誌 第二 26:16 - 23:23
ウジヤの高慢
16 しかし、彼が強くなると、彼の心は高ぶり、ついに身に滅びを招いた。彼は彼の神、主に対して不信の罪を犯した。彼は香の壇の上で香をたこうとして主の神殿にはいった。
17 すると彼のあとから、祭司アザルヤが、主に仕える八十人の有力な祭司たちとともにはいって来た。
18 彼らはウジヤ王の前に立ちふさがって、彼に言った。「ウジヤよ。主に香をたくのはあなたのすることではありません。香をたくのは、聖別された祭司たち、アロンの子らのすることです。聖所から出てください。あなたは不信の罪を犯したのです。あなたには神である主の誉れは与えられません。」
19 ウジヤは激しく怒って、手に香炉を取って香をたこうとした。彼が祭司たちに対して激しい怒りをいだいたとき、その祭司たちの前、主の神殿の中、香の壇のかたわらで、突然、彼の額にらい病が現われた。
20 祭司のかしらアザルヤと祭司たち全員が彼のほうを見ると、なんと、彼の額はらい病に冒されていた。そこで彼らは急いで彼をそこから連れ出した。彼も自分から急いで出て行った。主が彼を打たれたからである。

ウジヤの没落
21 ウジヤ王は死ぬ日までらい病に冒されていたので、らいを病む者として隔離された家に住んだ。彼は主の宮から絶たれたからである。その子ヨタムが王宮を管理し、この国の人々をさばいていた。
22 ウジヤのその他の業績は、最初から最後まで、アモツの子預言者イザヤが書きしるした。
23 ウジヤが彼の先祖たちとともに眠ったとき、人々は、彼はらい病に冒されていたからと言って、彼を王たちの所有していた野の墓地に先祖たちといっしょに葬った。彼の子ヨタムが代わって王となった。
Comment
ウジヤの高慢
26:16〜20
神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みを授けてくださいます(ヤコ 4:6)。ウジヤは、神の助けで強くなりましたが、高ぶって罪を犯します。王には聖所に入って香をたく権限は与えられていなかったのに、ウジヤは祭司の権限まで行使しようとするほど、心が高ぶっていました。祭司アザルヤが80人の有力な祭司たちとともにウジヤの悪行を阻止しようとしましたが、ウジヤは香炉を手にしたまま祭司たちに対して激しく怒ったため、神から懲らしめを受けます。越権行為は高ぶった心の現れです。神の定められた方法に従うことは、神を恐れる信仰者の基本姿勢です。

ウジヤは、どんな心から自ら神殿で香をたこうとしましたか。自分の位置や権限を外れた行いをしてはいないか、点検してみましょう。


ウジヤの没落
26:21〜23
初めから終わりまで真実であられる神のように、私たちも真実な心を守らなければなりません。初心を失ったウジヤは、望ましかった初めの姿とは異なり、悲惨な晩年を送ります。罪による懲らしめを受けたウジヤは、ツァラアト(悪性の皮膚病)に冒されて、死ぬ日まで隔離された家に住みます。神殿には二度と出入りできず、王の職務も行えない立場に落ちてしまったのです。死後には、通常の王たちの墓ではなく、王たちの「墓地の野」に葬られました。繁栄と強さによって自分勝手に振る舞い、神のことばさえ無視したウジヤは、結局、王座と誉れとすべてのものを失ってしまいました。この世で「私のもの」だと最後まで主張できるものは、何もありません。私たちは、すべてのものを与えてくださる方も、取り去られる方も神であることを覚え、すべてのことを謙遜な心で始め、終えなければなりません。

ウジヤが心を高ぶらせたために失ったものは何ですか。ウジヤの歩みを反面教師にして、あなたが手放すべき高ぶりは何ですか。
pray
きょうの祈り

主の御前にひざまずくのをやめれば、高慢に陥ります。立っていると思うときに倒れないようにする知恵を与えてください。鋭い剣のようなみことばをいつも心に置き、常に芽生えてくる高慢の芽をつみ取る霊的な戦いを、人生の旅路の終わりまで戦い抜くことができますように。
essay
一節の黙想

歴代誌 第二 26:18~19 | 主に香をたくことは、祭司だけに許された職務です(出 30:7~8)。しかしウジヤは、それを自らしようとして神の怒りを買い、ツァラアトに冒されました。このわざわいは、ウジヤが、神ではなく、人と兵士たちに拠り頼んだことから始まりました(26:12~13)。人は、祝福を受け、周囲から認められると、簡単に自己中心的な高慢に陥ります。クリスチャンが一生涯持ち続けるべき姿勢は、謙遜と敬虔です。 ユージーン・メリル /「BKC講解注解 7 歴代誌第一・第二」