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神との正しい関係は従順さの中に現れます View video

Summary
きょうのみことばの要約
神はモーセを立て、イスラエルをエジプトから導き出し、律法を授けられました。しかし、彼らは荒野にあかしの幕屋を造らせた神ではなく、偶像に仕えました。神は、人が造った家にはお住みになりません。ステパノはユダヤ人たちが先祖たちと同様に聖霊に逆らい、正しい方を殺す者になったと言います。


使徒の働き 7:37 - 7:53
不従順な民
37 このモーセが、イスラエルの人々に、『神はあなたがたのために、私のようなひとりの預言者を、あなたがたの兄弟たちの中からお立てになる。』と言ったのです。
38 また、この人が、シナイ山で彼に語った御使いや私たちの先祖たちとともに、荒野の集会において、生けるみことばを授かり、あなたがたに与えたのです。
39 ところが、私たちの先祖たちは彼に従うことを好まず、かえって彼を退け、エジプトをなつかしく思って、
40 『私たちに、先立って行く神々を作ってください。私たちをエジプトの地から導き出したモーセは、どうなったのかわかりませんから。』とアロンに言いました。
41 そのころ彼らは子牛を作り、この偶像に供え物をささげ、彼らの手で作った物を楽しんでいました。
42 そこで、神は彼らに背を向け、彼らが天の星に仕えるままにされました。預言者たちの書に書いてあるとおりです。『イスラエルの家よ。あなたがたは荒野にいた四十年の間に、ほふられた獣と供え物とを、わたしにささげたことがあったか。
43 あなたがたは、モロクの幕屋とロンパの神の星をかついでいた。それらは、あなたがたが拝むために作った偶像ではないか。それゆえ、わたしは、あなたがたをバビロンのかなたへ移す。』

目に見える神殿より大切なもの
44 私たちの先祖のためには、荒野にあかしの幕屋がありました。それは、見たとおりの形に造れとモーセに言われた方の命令どおりに、造られていました。
45 私たちの先祖は、この幕屋を次々に受け継いで、神が先祖たちの前から異邦人を追い払い、その領土を取らせてくださったときには、ヨシュアとともにそれを運び入れ、ついにダビデの時代となりました。
46 ダビデは神の前に恵みをいただき、ヤコブの神のために御住まいを得たいと願い求めました。
47 けれども、神のために家を建てたのはソロモンでした。
48 しかし、いと高き方は、手で造った家にはお住みになりません。預言者が語っているとおりです。
49 『主は言われる。天はわたしの王座、地はわたしの足の足台である。あなたがたは、どのような家をわたしのために建てようとするのか。わたしの休む所とは、どこか。
50 わたしの手が、これらのものをみな、造ったのではないか。』
51 かたくなで、心と耳とに割礼を受けていない人たち。あなたがたは、先祖たちと同様に、いつも聖霊に逆らっているのです。
52 あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者がだれかあったでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もって宣べた人たちを殺したが、今はあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。
53 あなたがたは、御使いたちによって定められた律法を受けたが、それを守ったことはありません。」
Comment
不従順な民
7:37〜43
旅人としての人生を歩むクリスチャンは、天の御国の故郷にたどり着くまで、神のことばを人生の指針としなければなりません。出エジプト後、荒野の生活をともにしたイスラエル共同体(荒野教会)は、モーセが伝えた神のことばに従い、約束の地に向かって信仰によって進むべきでした。しかし、彼らは、エジプトをなつかしく思ってモーセに逆らっただけでなく、偶像を造る罪まで犯しました。彼らが問題視すべきことは、住む場所がないことではなく、モーセを指導者として立てられた神を神として認めず、自分たちの造った神を拝んで満足する罪でした。私たちは、自ら神になろうとする罪深い考えを捨て、イエスを主と仰ぎ、従わなければなりません。

出エジプト後、イスラエルはどんな姿を見せましたか。主に仕えるよりも世のものを楽しんでいた昔の生活に戻りたくなるとき、どうしますか。


目に見える神殿より大切なもの
7:44〜53
創造主である神は、人の手で造った空間に閉じ込められる方ではありません。ステパノは、神殿そのものを偶像化していたユダヤ人たち(6:13参照)の過ちを指摘します。旧約時代、幕屋と神殿は神に出会う場所でしたが、そこが聖い理由は、神が臨在される所だからです。神が願われるのは、神殿そのものを神聖視することではなく、神を礼拝し、神との契約関係を守ることです。いつも神を最優先にし、神中心に生き、みことばに従うことです。しかし、ユダヤ人たちは、律法と聖霊に逆らい、神が遣わされた正しい方であるイエス・キリストを殺しました。私たちは、偉大な神を自分の考えで制限せず、地の果てまでキリストの福音を伝えるために聖霊に用いられる器にならなければなりません。

ユダヤ人たちには神と神殿についてどんな誤解がありましたか。礼拝堂の外で神を忘れて生きていないか、聖霊に逆らっていないか省みましょう。
pray
きょうの祈り
永遠なる御国の相続地とまことの自由をくださった恵みを忘れ、エジプトのように華やかな世のほうがよいと、主に背を向けたことをお赦しください。教会の中と外で違う姿を見せず、すべての領域の主である神様のことを人々に伝えることに熱心になれますように。

essay
一節の黙想
使徒の働き 7:51~52 | ステパノは、かつてイスラエルの民がメシヤが来られることを預言した預言者たちを殺し、メシヤとして来られたイエスまでも殺したことを指摘し、今、ユダヤ人たちがイエス・キリストの福音を拒むことは、彼らの先祖たちと同じことをしているのだと言いました。クリスチャンは、イエスを信じないことは神の恵みを拒み、御心を拒む罪なのだということを世に伝えなければなりません。 スタンリー・トウセント /「BKC講解注解シリーズ 23 使徒の働き」